乙武氏誕生会で不倫騒動を謝罪

乙武洋匡氏が5日に開催された自身の誕生日パーティーで
一連の不倫騒動について、改めて出席者の前で謝罪
をしたとのことです。

今年になって不倫騒動が報じられる機会が多く、
今回の乙武氏の騒動にもビックリしましたが、
奥様が一緒になって謝罪をしたという点でも
話題になりましたね。

不倫の善悪とか倫理的な問題については
私はよく分かりませんが、
乙武氏の報道がされていく中で感じたことは
乙武氏に限っては、重度身体障害者でありながら、
他の有名人著名人と同様にマスコミで取り上げられている点から、
ある意味ワイドショーや報道のバリアフリー化が進んだと
感じさせられました。

乙武氏自身の活動が、執筆活動に始まり、
教員になったり、コメンテーターや

スポーツ記者までされたり、
流れてしまったものの今夏には参院選出馬も
内定していたりと、そのアグレッシブな姿勢は
健常者以上と言っても過言ではないことは周知の事実です。

確実にここ約20年の間で、乙武氏は
我々に障害者の存在を考えるきっかけを広く与え続けてきた
存在だと思います。

平たい言い方をするならば、
TVなどマスメディアを通して、一般の人々に
身体障害者を見慣れる機会を結果的に提供して
きてくれたと言えるでしょう。

乙武氏の騒動が多くの芸能ニュースの中で
同等の取り扱い、または他の話題よりも大きく
報じられるというのは、そこに障害者という個性に対する
好奇の視点が存在していたとしても、
報じられる存在にまでなったことが
ある意味驚異であり、同じ障害者の方々からすれば
悪いことではないという見識を持つ方もいらっしゃるのでは
ないでしょうか?

私自身、障害者施設に勤務していたことがあり、
実は乙武氏が教員として在職していた学校に
交流学習の件で、ちょうど氏の在職中に
何度か足を運んだことがあります。

当時すでに全国区の知名度を誇っていた
乙武氏ですが、あの当時に仮に今回のような
騒動が起きていたとしても、今回ほどの大騒ぎは
されなかったと思います。

当時でしたら恐らく障害者ということが、
悪い意味で考慮されてしまい、ワイドショーなどで
報じられるような事態にまではならなかったと思います。

悪い意味での考慮というのは、
社会的弱者という勝手な概念を作り、
色眼鏡を付けた視点で思考する余計な配慮のことです。

もちろん障害者の方々の中にも当然いろいろな考え方の人がいますし、
乙武氏のような存在を個人個人がどのように捉えてるかは
推測しかできません。社会的配慮をどの程度望んでいるかと
いう点でも個人差は当然あるかと思います。

しかし、少なくとも乙武氏がベストセラー作家となって以降の
20年間の活躍は、意識レベルかも知れませんが、
健常者と障害者の距離を近づけたと思います。
間に存在する分厚い壁を少しは薄くしてくれたと思います。

本来なら上下関係も横の溝も何もないはずの
いわゆる健常者と呼ばれる人と
いわゆる障害者と呼ばれる人との心の距離を
乙武氏は少し近づけてくれたと思います。

今回の騒動に関して、”普通に” 報じられる乙武氏の姿は
一部の人たちにはちょっとだけガッツポーズものだったり
するのではないかと感じました。

最後にビジネス的な目線で。
日本では障害者はあくまでマイノリティーな存在としてしか
捉えられていません。
社会的サービスや法整備はいつも先送りにされています。

学習現場や就労現場、生活場面の全てにおいて
障害者の方々のニーズは何一つ満足できるレベルでは
満たされていないという現実があります。

「福祉の問題だから政治がやるべき」と考えるのは
余りにも時代錯誤の考え方です。
「福祉」とは人間なら誰もが当たり前に生活できるために
環境が整っていることであり、
障害者とか健常者とか分けて考えるものではありません。

日本においては、政治まかせでは福祉は何も進展しないことは
これまでの歴史が証明してきました。
日本では「福祉」業界はまだまだブルーオーシャン、
隙だらけなのでビジネスチャンスもたくさん埋まっています。

障害者の方々も消費者だということに目を向けてみてはどうでしょうか。
障害者の方が利用しやすいものは総じて健常者にも利便性が高いです。
そのあたりにビジネスのヒントがあるような気がします。